バリ島やマレーシアなどで暮らしてます

キリスト教とハンセン病の関係。宮古島「南静園」に教会が3つある理由

キリスト教とハンセン病

宮古島からこんにちは!一ヶ月滞在中のKoniです。

今日、去年から行きたいと思っていた『ハンセン病歴史資料館』に行ってきました!

場所は市街地から池間島へ向かう途中の『国立療養所 宮古南静園』の敷地内にあります。

『南静園(なんせいえん)』は日本有数のハンセン病隔離施設だった歴史があり、現在は病院施設と共に、40数名の元患者さんが生活されています。歴史の過ちを忘れず、差別根絶を訴えていくためにここに資料館があるということです。

悪名高い「らい予防法」が施行されていた当時、『南静園』は外部から隔離され、患者さんが一生を過ごす場所でした。そのため敷地内は広く、食堂、売店、教会、火葬場、納骨堂まで揃っていたそうです。

教会が3つある南静園

その中で、教会が3つある(現在も残っています)というのが興味を引きました。

カトリック、プロテスタント、もう一つの宗派で3つあるという事なんですが、どうしてそんなにクリスチャンが多いの?という事について考えたので記事に残しておきます。

ついでに、『ハンセン病歴史資料館』に行ってみたい人向けにも役立つようにまとめたいと思います。

『ハンセン病歴史資料館』とは

誰でも無料で見学できるハンセン病の歴史館です。

館内の様子を一言でいうと『ひめゆりの塔』のミニ版というイメージ。(ひめゆりの塔が戦争をテーマにしているのに対して、ハンセン病歴史資料館は(戦時中の資料もありますが)ハンセン病をテーマにしている点は異なります)

メモ:駐車場は広いので資料館のすぐ近くに停められます。ついでに、南静園に行く途中の景色がとても良いです!

入館時に必要なこと

2022年8月17日時点での情報です。

資料館に入ると受付があり、検温と名前・体調などを記入します。立派なガイドブックとクリアファイルを受け取って中へ、自由観覧です。私が訪問した時には、入館して30分後くらいにボランティアガイドの方がお見えになり、見学後に色々とお聞きすることができました。

注意:コロナの状況により閉館する可能性があります。最新情報はウェブサイトを確認してください。

資料館の内部

資料館の内部は以下の5つの部屋に分かれています。この他に、お手洗い、視聴覚室、資料コーナーなどがありました。

  • 常設展示室… 南静園とハンセン病隔離の歴史が学べる
  • 証言の部屋… 入居者の手記が読める(ひめゆりの塔の感じ)。映像や音声の資料がある。椅子あり
  • ミニ図書室… 関連資料や書籍が読める。テーブルと椅子あり
  • 監禁室… 当時の監禁室を再現した2畳ほどの部屋。怖い
  • 入園者作品… 入居者の方が製作した手工芸品や絵などの作品が展示されている

所要時間

おそらく10分〜15分でさっと見て帰っていく人が多いんだと思いますが、私はしっかり勉強するつもりで来たので、資料は大体目を通して読みました。常設展示室と証言の部屋が特に見応えがあり、入居者さんの手記を全部しっかり読んだ結果、2時間ほど滞在しました。ガイドさんに「研究者の方ですか?」と聞かれたので、相当な長居だったのではないかと思います!

結論:簡単にみるなら10分、じっくり見るなら2時間!

どうして教会が3つあるの?

聞いた話によると、入居者の方にクリスチャンが多いから(多かったから)ということでした。

クリスチャンが多いとお葬式や弔い方もキリスト教式になるため、メジャーな宗派に合わせて教会が増えたのでは…という事ですね。

どうしてクリスチャンが多いんでしょうか?

アメリカ統治時代の影響で沖縄にクリスチャンが多かったから…?という説を見かけました。ただ、全国的にみてもハンセン病患者さんはキリスト教の方が多く、クリスチャン系の療養所もあります。古来からキリスト教はハンセン病患者さんに積極的に目を向けてきた歴史があるとのこと。

ハンセン病とキリスト教の関係

ハンセン病の方にキリスト教が多い理由は、キリスト教がハンセン病の方を積極的に救ってきたのからという理由がありそうです。

そこで、新約聖書の一節を思い出しました。確か、イエスが皮膚病の人を治癒した話があったような・・・?

帰ってきてから新約を読み直してみたら、やっぱりありました!【ルカによる福音書】の5章12節に以下のエピソードがあります。

イエスがある町におられたとき、そこに、全身重い皮膚病にかかった人がいた。この人はイエスを見てひれ伏し、「主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と願った。 イエスが手を差し伸べてその人に触れ、「よろしい。清くなれ」と言われると、たちまち重い皮膚病は去った。 

ルカによる福音書5章12

古くから、この “重い皮膚病” はライ病(ハンセン病)であると考えられてきました。

イエスが “手を差し伸べてその人に触れ” て治したというのが大切なポイントだと思います。「ハンセン病患者がいる家の前を通るときは息を止めて走って過ぎた」という記述もあるほど差別されていた病。

誰も近付かない、ましてや絶対に触りたくないと周囲に思われている病人に対して、イエスは恐れずに愛を持って”触れ”、奇跡を起こします。このエピソードが根拠となって患者さんに希望を与え、イエス・キリストへの信仰が支持されやすかったのかなと思いました。

エル・グレコ「盲人を治癒するキリスト」1570年
エル・グレコ「盲人を治癒するキリスト」1570年

また、旧約聖書のレビ記にも皮膚病について詳細な記述があります。その中の一説にはこんなルールも。

重い皮膚病にかかっている患者は、衣服を裂き、髪をほどき、口ひげを覆い、「わたしは汚れた者です。汚れた者です」と呼ばわらねばならない。 この症状があるかぎり、その人は汚れている。その人は独りで宿営の外に住まねばならない。

レビ記 13:45

自分で周知しないといけない掟…。

そこで興味深い類似なのですが、私が住んでいたバリ島を舞台にした小説「バリ島物語」にも同じような描写があります。

バリ島にも古くからハンセン病に対する差別があります。バリ島物語には、ハンセン病にかかり、家を追われ、沼地に暮らすことになる男性が登場します。その男性に付き添う奥さん(ハンセン病ではない)が、レビ記に書いてある通り「私は汚れているものです」と言いながら歩くという描写があるのです。奥さん本人は病気ではないが、病気である夫と生活を共にしているため、自分自身も不浄であるという考え方ですね。

“南静園ができる前は、ハンセン病を罹った者は沼地や僻地に追放され、または自主的にそこに赴き、掘建小屋を作って生活していた” というのも、宮古島とバリ島のハンセン病の歴史として共通しています。

他の宗教は?

私は研究者ではないのであくまで個人的意見ですが、確かに仏教とヒンドゥー教はあんまり救いにならなそうだなぁとぼんやりと思いました。

仏教は、他者を救うというよりも自分の内面や生き方について考える、哲学的な宗教です。ヒンドゥー教は、元々カースト制度という排他的システムを内包しており、差別に苦しむ人々を救うのは不向きです。

ハンセン病の人が登場して、神がその人に直接触れ、治したという記述が聖書にあるキリスト教と比べると、やはりそちらを信仰したくなるよなぁと思いました。

そんな事を考え、とても勉強になった一日でした。

宮古島に来られる方、ハンセン病に興味がある方は、ぜひ10分でもいいので立ち寄ってみてください!