信州からこんにちは!実家ノマド中の小西です。
私の地元・千曲市は来週があんずの季節。あんず&桜撮影を楽しむために50mmの単焦点レンズを買っちゃいました。去年、紅葉を撮ってからずーっと50mmが欲しかったので念願のお買い物です。届くのが楽しみ!
目次
東御市の土偶展へ!
さて、前回の「長野県立博物館」に続いて今週は「東御市の土偶展」を見に行ってきましたよ!
小粒な展示ながら、東御市出土の縄文土器・弥生土器がガラスケース無しで間近で見れるという事で楽しみにしてたんです😊
土偶展は毎年この時期に開催しているようで、今年2021年の展示は1月13日〜3月26日ですでに終了してしまいました。また2022年に開催されることを期待してお楽しみください!
所狭しと並んだ土器展示
土岐は東御市文書館の3階の3〜4部屋分くらいのスペースで展示されていました。市役所の一室といった雰囲気の部屋に所狭しと並べられた土器たち!ガラスケースに入れられずに直接、それも至近距離で見れるのがなんとも幸せです。
推し① おっぱいあり!仮面土偶
今年の展示の中で一番大きく打ち出されていたのがこちらの仮面土偶でした。東御市新屋遺跡から出土しました。
縄文土器には珍しい、混和剤を含まない胎土
縄文土器には、繊維、砂、石英などが混ぜられています。これを混和剤(こんわざい)と言い、火を受け乾燥することで、粘土が引っ張りあって、土器が割れないように計算して混ざられています。この土を「胎土」と呼んでいます。しかし、この仮面土偶の胎土に混和剤はほとんど混ぜられていません。
混和剤なしでも割れない焼成技術があった?
縄文土器の焼成温度は600〜900℃ほどとされています。この温度では混和剤が含まれない胎土の土器は割れてしまうことが多いと言われています。この仮面土偶を焼いた技術はどのようなものだったのでしょうか。
推し② コダマっぽい!筒型土偶
東御市古屋敷遺跡から出土したもの。仮面土偶と並んで大きく取り上げられていたのがこちらの土偶でした。
胡椒入れみたいな形とサイズで振ったら口からなんか出てきそうです。ジブリに出てきそうなユーモラスな表情がかわいいです!
推し③ 驚きの表情?土偶の顔
東御市田沢の辻田遺跡から発掘された土偶の顔部分です。こちらも驚いたような釣り上がった目、通った鼻筋、ぽかんと開いたお口が可愛い!!
その他、注目の土器
玉ねぎ型の土器
模様が付いた玉ねぎみたいなどき。4つの取手がある蓋付きの土器です。
直径60cmの大きさで底部が10cmにも満たない不安定な形状。床に埋め込んで使ったり、取手には縄を通して持ち上げて使ったと考えられています。
横から見ると分かりやすいですね。土台が極端に小さいので自立は無理です。土に埋めたり、穴の中で使っていたからこの形状なんでしょうね。
もう一つ不思議なのが、この土器には入れ口と注ぎ口が2つあるのですが、入れ口の方が注ぎ口より高い位置にあるので、満水になる前に注ぎ口から出てしまう仕組みです。設計ミスでしょうか?
◯◇型の穴がお洒落な土器
伊勢原遺跡から出土した土器。土台の◯◇型の穴が現代的です。耐重さを欠くのにデザインを優先して穴を開けてみた発想が当時の人々にあったって事ですよね。
持ち運びしやすそうな土器
かなり前衛的なデザインです!椅子の脚を裏返しにしたようなこの4つの取手は持ち運びを便利にするため?真ん中がきゅっと細くなっているのでしっかり握れそうではあります。
▽模様の土器
逆三角の模様を大小入れ子にしたようなデザイン。力強い線は先端を削った石や黒曜石で彫ったんでしょうか。
うずまき模様の土器
こちらも気になる一品。広口タイプで物が入れやすそうだし、側面のヘビっぽくも見える渦巻模様がシンプルお洒落です。
模様や造形の美しさを楽しむ
博物館のように一つ一つの土器に説明が付いていたりはしませんが、自分の感覚でこの模様いいな、この形かっこいいな、と自由に楽しみました!
下の写真のように発掘当時の写真と復元された土器を見比べることも。復元できる人すごいです。
土器以外の展示も面白い!
人骨
火葬した人骨に、墨書きで文字を入れたものです。仲間や家族の遺骨を取っておく習慣があったことが興味深いです。鎮魂を祈って?それとも先祖様のお守りとして?
石斧
土器以外の展示もあります。下は縄文時代に使われていた石斧。
石鏃
下は「石鏃(せきぞく)」と呼ばれる石で作った矢じりです。弓矢の先に装着し、動物を狩るのに使われたと言われています。
謎の土製円盤
下は「土製円盤」と呼ばれている、土器の破片を削って丸くしたものです。
その辺の石に見えますが、成分が土器なら人為的に削られたことは間違いないですね。用途は不明ということで、何に使ったんだろう?と想像が膨らみます。石ころ遊びとか?
なぜ作った?ミニチュア土器
古代人がミニチュア土器を作っていたなんて面白いですよね。子供の遊びに使った?祭礼用?身の回りにある物のミニチュアを作りたくなる気持ちが昔の人にもあったなんて不思議です。
耳栓(ピアス)
縄文人は現代で言うところのボディピアスをしてたようなんです!こんなに大きいモノを耳にはめたら絶対重いですよね。寝るときは外していたのか・・
こちらが縄文時代の女性の耳栓ファッションのイメージ図。墨で縁取りしてるし完全にお洒落!耳の穴が大きいほど美人みたいな基準はあったんでしょうか。髪を結っているかんざしは水牛の角や木片で作ってたのかな?
まとめ
いかがでしたか?数え切れないくらいの土器が目の前に所狭しと並んでいる様子は圧巻です。人が少ないし写真も撮り放題、SNSやブログに自由に掲載していいという事で天国でした!
長野県東御市の遺跡の中でも代表的なのが滋野乙にある戌立遺跡(戌立石器時代住居跡)と古屋敷遺跡だそうです。
戌立遺跡は西沢川と大石沢川にはさまれた丘の上に位置する縄文時代中期~後期の住居跡。復元された当時の住居もあるそうで、また今度行ってみる予定です!