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深すぎる!「よろしくお願いします」の意味・使い方・教え方【日本語教師さん向け】

こんにちは!ノマド日本語教師のコニ(@koni_bali)です。

「よろしくお願いします」問題

「よろしくお願いします」は日本語特有のあいさつですね。そして、英語で簡単に説明できないことでも有名(?)です!

「よろしくお願いします」は「日本人の気質や日本人らしさ」を反映したあいさつです。その意味は文脈(コンテクスト)によって変化し、英語に直訳しにくいことから、学習者を混乱させる要因にもなります。

本記事では、「よろしくお願いします」の歴史、機能、文化的背景、欧米との比較、そして日本語学習者への教え方について解説します!

「よろしくお願いします」の成り立ち

【奈良〜平安時代】副詞「よろしく」の起源

「よろしく」は、上代日本語における副詞 「宜しく(よろしく)」 に由来し、「しかるべく」「ふさわしく」「都合よく」という意味で用いられました。この語は、『万葉集』(8世紀)『源氏物語』(11世紀) など、古典文学にたびたび登場します。

📝『万葉集』巻6・1032番:
…人言繁み 我が背子が 来まさぬ夜は 百夜(ももよ)よろしけむ
→「多くの噂のせいで、あなたが来てくれない夜は、百夜分の価値があるくらい良いものにしてくれるだろう」

このように、当時の「よろしく」は主に抽象的な理想状態への希望や期待を表す語として機能していました。

【中世〜江戸時代】「よろしく候(そうろう)」という定型句

中世から江戸時代にかけて、「よろしく候」は武家文書・商家の往来文書・書状などで丁寧な定型表現として広く使用されました。意味としては「すべてうまくいくように」「うまく取り計らってください」といった依頼・願望を婉曲に伝えるもので、現代の「どうぞよろしくお願いします」に近い機能を持っていました。

📜『公家武家往来文書例』より:
「萬事、よろしく候
→「何卒、すべてのことが円滑に運びますようにお願い申し上げます

ここでの「候(そうろう)」は丁寧な補助動詞であり、全体で「敬意」と「配慮」を同時に示す表現形式となっていました。

【明治以降】「よろしくお願いします」の定着

明治時代以降、話し言葉の近代化が進む中で、書簡文や口語においても丁寧な依頼・挨拶表現が求められるようになります。この流れの中で、**「よろしく」+「お願(ねが)い申し上げます」**という語構成が生まれ、現在の「よろしくお願いします」へと定着しました。

  • 「よろしく」=希望・配慮を示す副詞(古語)
  • 「お願いします」=謙譲語+補助動詞の丁寧形(明治以降の口語)

現代では、ビジネス・教育・プライベートなど幅広い場面で使われ、日本語を代表する多義的なあいさつ表現となっています。

「よろしくお願いします」の多様な役割

「よろしくお願いします」は、日本語における非常に多機能な表現であり、文脈に応じてさまざまな意味やニュアンスを担います。

シーン含まれる意味英語訳の一例
初対面のあいさつ今後の関係構築への期待Nice to meet you / I look forward to working with you
依頼やお願い協力・配慮への期待Thank you in advance / I’d appreciate it
別れ際や連絡の終わり関係の継続・丁寧な印象Take care / All the best / Stay in touch
文章の結び礼儀と依頼の余韻Best regards / Thank you for your time

「よろしく」は、行動を明言せずに関係性の意志と配慮を含められる、日本語特有の“言語的な潤滑油”とも言えます。

日本と欧米の人間関係観の違い

日本と欧米の人間関係観の違い

実は「よろしくお願いします」の背後には、日本と欧米の「人間関係の捉え方における文化的な違い」が深く関わっています。

「よろしくお願いします」は、日本語話者が“これからの関係性”を意識し、未来に向けた協調や信頼を相手にそっと伝える文化的メッセージです。一方、英語ではそのような曖昧な期待を込める表現は一般的でないため、直訳が難しく、文脈ごとに英語の複数表現で補う必要があります。

🇯🇵 日本:相互依存的な関係モデル(interdependent self)

  • 人と人との関係は、個人に先立って存在するものと捉えられます。
  • 個人は社会や空間の中で他者と調和しながら位置づけられる存在。
  • 言語や行動には「配慮」「共感」「あうんの呼吸」が重視されます。
  • 「よろしくお願いします」は、相手との関係性を前提に、今後うまくやっていこうとする未来志向の合図です。

📌 「どうぞよろしくお願いします」=「私はあなたと良い関係を築く意志がありますよ」という、非明示的で協調的なサイン。

🌍 欧米:独立的な関係モデル(independent self)

  • 個人は独立した存在として捉えられ、関係は互いの選択によって形成されます。
  • コミュニケーションでは、「何を」「誰が」「どうするか」を明確に伝えることが求められます。
  • 未来の人間関係は未確定と考えられているため、あいさつや依頼も「今この瞬間」に焦点が当てられる傾向があります。

📌 あいさつや依頼は“未来”ではなく“今この瞬間”にフォーカス

“Nice to meet you.”(今、会えてうれしい)
“I’m looking forward to seeing you soon.”(また会えるのを楽しみにしています)

日本と欧米 価値観比較

項目日本欧米
関係の前提関係は先に存在し、維持が重視される関係は形成されるか分からない(個人の選択による)
表現のスタイル曖昧さ・配慮を尊重明確さ・意図の明示を重視
「よろしく」のような表現関係性を含意・協調。未来志向「これから」にフォーカス直訳できる単語はなく、文脈に応じた複数表現に分かれる。現在の気持ち「今」にフォーカス

補足

✅「相互依存的」vs「独立的」関係モデル という表現は、心理学者 Markus & Kitayama (1991) による理論がベースになっています。

✅「interdependent self(相互依存的自己)」と「independent self(独立的自己)」という用語は、文化心理学において日本語教育でも頻繁に引用されます。

なぜ英語に訳しにくいのか?

「よろしくお願いします」は具体的な主語も動詞も含まず、かつ意味の幅が広いため、英語では直訳ができません。

そのため、英語にするには:

  • 何を依頼しているのか?
  • どんな関係を築きたいのか?
  • 相手に期待する行動は?

を明確にし、以下のような複数の英語表現に分けて使い分ける必要があります:

状況英語表現
初対面でNice to meet you. / I’m looking forward to working with you.
依頼でI’d appreciate your help. / Thank you in advance.
メールの結びBest regards. / Thank you for your time.

日本語学習者に「よろしくお願いします」を教えるには?

ゴール

  • 多義的な「よろしくお願いします」の意味を整理する
  • 英語に直訳できない文化的背景を理解させる
  • 文脈ごとに自然な使い分けができるようにする
  • 「よろしくお願いします」のバリエーションを理解する

ステップ①:文化的背景の簡単な導入

  • 「日本では人間関係が大切にされている」ことを伝える
  • 関係づくりの際に気持ちや協調性を重視する文化を紹介
  • 「よろしく」は「私はあなたと協力したい」という配慮と未来志向のサインであることを説明
  • 色々な種類の中で「よろしくお願いします」がもっとも定番で間違いのないフレーズであることを説明

ステップ②:意味の範囲を「4タイプ」に分類

初級では「初対面」「依頼」の表現に絞り、段階的に他の場面へ展開させると効果的です。

シーン意味英語に近い表現
初対面関係構築Nice to meet you
依頼丁寧なお願いThank you in advance
別れ今後のつながりへの期待Take care / See you soon
文章の文末礼儀表現Best regards

ステップ③:ロールプレイで実践練習

非言語表現(おじぎ・声のトーンなど)も一緒に指導するとより効果的です。

場面セリフ例
自己紹介はじめまして。マリアです。どうぞよろしくお願いします。
先生にお願いレポートを見てください。よろしくお願いします。
メールの結びお世話になります。何卒よろしくお願いいたします。

ステップ④:バリエーションを身につける

場面に応じて「よろしく」「どうぞよろしくお願いします」など、いくつかのバリエーションが使えるようになることを目指します。

  • カジュアルな依頼 →「よろしくね」
  • 定番&丁寧なお願い →「よろしくお願いします」
  • かしこまった文書 →「何卒よろしくお願い申し上げます」

教えるときのポイントまとめ

  • 多義的な表現であることを前提に、意味を限定しすぎない
  • 文化的背景を併せて説明し、自然な習得を促す
  • ロールプレイや比較活動で「使用感」をつかませる
  • 「直訳できないこと」を逆に“日本語の面白さ”として伝える

「よろしくお願いします」のバリエーション

日本語学習者には「よろしくお願いします」のいくつかのバリエーションを段階的に紹介すると、自然で丁寧なコミュニケーションがしやすくなります。

もっとも使いやすく、場面を選ばない「よろしくお願いします」を基準に、それを短くすることでカジュアルさを出したり、副詞や語末を調整することで丁寧さをアップすることができることを教えます。

① 副詞「どうぞ」「何卒」を加えて丁寧レベルを上げる
② 「お願いします」→「お願い致します」→「お願い申し上げます」で丁寧レベルを上げる

表現使用シーン丁寧度使い所
よろ非常にカジュアルな場面限定非常に低い(ーーー)若者言葉、友達同士限定
よろしくカジュアルな会話、日常的な依頼低い(ーー)若者言葉、友達同士限定
よろしくね親しい相手への軽いお願いやや低い(ー)柔らかい印象を与える
よろしくお願いしますビジネス、初対面、依頼丁寧(0)定番・最も汎用性が高い
どうぞよろしくお願いしますより丁寧にしたいとき高い(+)面接、メールの結びなど
どうぞよろしくお願い致しますもっと丁寧にしたいときより高い(++)面接、メールの結びなど
何卒よろしくお願い申し上げますフォーマルな文書・改まった依頼非常に高い(+++)就職活動や正式な文書で使用

日本語教師として

「よろしくお願いします」は、単なるあいさつやお願いの言葉ではなく、日本人の人間関係観や文化的価値観が反映された、非常に奥深い表現ですね!

日本語教師にとって、この表現を教えることは、単語や文法を超えて、「日本語らしさ」「日本人らしさ」を伝える機会にもなります。場面・文化・言語の3つの視点を意識して、学習者にとって実用的かつ納得感のある指導を目指しましょう!

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