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『ホロフェルネスの首を斬るユディト』アルテミジア・ジェンティレスキを解説

作品データ

  • 画家:アルテミジア・ジェンティレスキ(Artemisia Gentileschi)
  • 制作年:1614年-1621年ごろ
  • 所蔵:ウフィッツィ美術館(フィレンツェ)
  • スタイル:バロック派 カラヴァッジェスキ
アルテミジア・ジェンティレスキ

なぜアルテミジアはすごいのか

私は初めてアルテミジア・ジェンティレスキ(以下、アルテミジア)の存在を知ったとき、とても嬉しくなりました。

なぜかというと、西洋美術史を学んでいると「なんで男性ばっかりなの?なんで女性が一人もいないの?なんでたまに出てくると思ったらなんで全員画家の愛人とかミューズなの?」と辟易することがあるんですよ。

疑問に思ったことがない?みんなが知っている有名な西洋画家を挙げてみてください。ミケランジェロ、ラファエロ、ピカソ 、マティス、モネ、クリムト etc、100%男性です。

誰もが知っている巨匠じゃなくても『ユダの接吻』を描いたジョットのルネサンスに始まり近代アートに至るまで、画家はほぼ100%男性です。

美術史におけるフェミニズムには根深いものがあり、中世〜近世までは女性が男性のように学び、技術を身につけ、画家になることがほぼ叶わない世の中でした。

美術史上初の女性画家

そんな中でアルテミジア・ジェンティレスキは美術史最初の女性芸術家と言われています。これがアルテミジアを有名にしたポイントの1つ目です。

父はローマで成功した宮廷画家オラツィオ・ジェンティレスキ (1563-1639)で、バロック絵画の巨匠カラヴァッジョ派の画家です。

カラヴァッジョ

彼女は第一子として生まれ、父の工房で弟たちとともに絵画を学びましたが、彼らよりも際立って優れた才能を見せました。

当時、カラヴァッジョに影響を受けカラヴァッジョ派となった画家たちのことを「カラヴァッジェスキ」と呼びますが、アルテミジアはその一人です。

レイプ事件の被害者(加害者も画家)

そして彼女は美術史上初の女性画家であるだけでなく、なんとレイプ事件の被害者でもあります。ここがアルテミジアを有名にしたポイントの2つ目です。

1612年ごろ、父オラツィオは仕事仲間の風景画家アゴスティーノ・タッシをアルテミジアの画家の先生として雇いましたが、タッシはアルテミジアに虚偽の結婚を約束し性的関係をもったそうです。

タッシに対する画家としての評価は低く、今日ではアルテミジアをレイプした強姦犯としての方が知られています。どんな顔してるかと思ったら肖像画は残っていませんでした…。タッシ作の風景画を載せておきます。

アゴスティーノ・タッシの風景画

アルテミジアの父オラツィオはタッシを告訴しましたが(これも当時としては異例のことだったと思われます)、タッシの友人らによるタッシを擁護する証言によりタッシは無罪放免に。敗訴となったアルテミジアには「売春婦」「だらしない女」というレッテルが貼られてしまいます。

父オラツィオはアルテミジアの名誉を回復するため、裁判後すぐに彼女をフィレンツェの芸術家、ピエール・アントニオ・シアテッシと結婚させました。アルテミジアはこの夫とフィレンツェへ移住し、子沢山に恵まれたといわれています。

事件の数年後に描かれた『ユディト』

アルテミジアの「ホロフェルネスの首を斬るユディト」
アルテミジアの『ホロフェルネスの首を斬るユディト』

そしてレイプ事件の数年後に描かれたこの『ホロフェルネスの首を斬るユディト』です。

女性が壮絶な表情で男性の首を切り落としている場面… 当時の男性優位社会に対するアルテミジアの心理・怒りが反映されていると言われています。

構図は前出のカラヴァッジョが描いた同じテーマ『ユディト』を踏襲していると言われ、並べてみると、なるほど構図に類似性が伺えます。

カラヴァッジョの『ホロフェルネスの首を斬るユディト』
カラヴァッジョの『ホロフェルネスの首を斬るユディト』

定番主題『ユディト』とは

『ユディト』は西洋絵画でよく見られる主題の一つなので解説しておきます。旧約聖書の『ユディト記』のお話です。

ユダヤ人が暮らすベトリアという町が将軍ホロフェルネスの率いるアッシリア軍に包囲されて危機一髪の状況に。そこで町の住人であり未亡人のユディトという女性が侍女とともに敵の陣営に乗り込み、ホロフェルネスを誘惑し、酔いつぶれた将軍の首を剣で切断して町を救った、というエピソードです。

もう一枚の『ユディト』がすごい

アルテミジアは『ホロフェルネスの首を斬るユディト』を描いた後、『ユディトとその侍女』と呼ばれる下記の絵を描いています。

『ユディトとその侍女』
『ユディトとその侍女』

なんて凄みがある絵!

ホロフェルネスの首を切り落とし(すでに土気色になっているので数時間後でしょうか)、意気揚々とベトリアの町へ帰るユディトと侍女ですが、何か不審な音、追手が迫ってくるような音を聞いたんでしょうか。

二人は後ろ(?)を振り返り、ユディトの手は「あなたは先に行って」というように侍女の肩に置かれています。

ユディトの横顔

目が座っているユディトの横顔からは強い警戒心と狂気、激しい怒りが伝わってくるようです。剣を肩にかけるポーズも凛々しさを通り越して暴力性を感じます。

他の画家の『ユディト』といえば美女が男性の首を切り落とすシーンがほとんどですが、アルテミジアが首を切り落とした後のこんなシーンを描いているのが私にはとても印象的でした。私はこちらのユディトの方が好きです!

セレブな宮廷画家の父を持ち、レイプ被害者となるも、その後も精力的に画家として活動したアルテミジア。

この時代にしてはレアすぎる人生を歩んだことからフェミニズムの研究対象としても知られている稀有な女性です。